「巌勝さま、どうか、行かないで――!」
縋るように伸ばされた手は、終ぞ届くことはなかった。いつからだったか、ただひたすらに見つめていたあの人の背を……その歩みを止められるなど、千夜は最初から出来るはずがないと心のどこかでわかっていた。わかっていたけれど、それでも止めずにはいられなかったというのに、それは意味を成すことなく空虚に消えた。
突如空けられた心の穴はじくじくと痛んでは広がり続ける。これは、継国巌勝というひとりの男を満たすことの出来なかった報いだとでも言うのだろうか。神にすら縋りたい気持ちを抱けども、どれほど自分が、我が子が、悲痛な声を挙げようとも巌勝が振り返ることはなく、その姿はもう視界に映らない。
己の胸に飛び込んできた愛する我が子を強く抱きしめて、胸元に染み渡っていく幼子の涙にまたも涙する。
何故、このようなことになってしまったのか。誰を恨めばよいというのか。
それでも、残された千夜が選ぶ道は唯一つ。そこには躊躇いも迷いも一切なく、強く心に刻まれる。
今はまだ母の胸で泣くことしかできない、愛おしきあの人が残した小さな命を守っていくこと。いつの日か、あの御方がこちらを振り返ってくれるその日まで――。
